素晴らしき人生かな?


素晴らしき人生かな?

≫≫素晴らしき人生かな?
2015/07/20 発行
A6/24p ¥300

サスサク個人誌

5月発行のカカイル本「それを奇跡と呼ぶのなら」のサイドストーリーとして書いたサスサク。
サクラちゃんに縁談が持ち上がり、何をどう間違えたか相手はカカシ先生じゃないかという噂が。
里に戻ったサスケが慌てて、サクラに心中を吐露するところまで。
見どころは教え子に手を付けたと疑われて憤慨するカカシ先生。
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 真新しく塗りなおされた阿吽の門扉は、丁寧にかけられたヤスリのお陰で滑らかだ。それを指先でなぞりながら、遠く顔岩のふもと、アカデミーの赤い屋根を認めてサスケはようやく息を吐いた。
半年ぶりに木の葉の里に足を踏み入れる。触れた門扉だけでなく、建て直された街並みと綺麗に舗装しなおされた道路、心なしか立ち並ぶ木々すらも活き活きして見える。着実に復興しつつある様子は、力強く生きる里の人々の意思を感じさせて、サスケの背筋を伸ばさせた。
 つい一週間ほど前にサスケの下にやって来た伝書鷹は、彼に里への帰還を指示した。半年前の出立時には間に合わなかった義手の完成を知らせる書面を持って、それでも、一週間もかからない距離からの戻りが遅れたのは、木の葉の里での過去から現在まで、未だサスケの胸に影を落とす出来事が多すぎるからだ。
 一族の悲惨な最期に、独り過ごした子供時代。…兄への憎悪を糧に力を求めて里を抜けるまで。
代々の火影の人柄のせいか、木の葉は忍の隠れ里であるにもかかわらずどこか明るく暖かい。サスケにとってはそれが、幼年期の痛みを際立たせるように感じられるのだ。懐かしく大切ではあるけれども、つい忌避してしまう。そんな複雑さを昇華できず、この身を落ち着かせることを未だ受け入れられないでいる。
足を進めると板塀の続く路地に入る。
里の随所に、あらゆる思い出が残っている。だが、市街地から里外へと抜けるこの道から思い出されるそれが一番、サスケの胸を波立たせた。
何度も何度も、泣いて叫びながら自分を止めようとした少女。
(サクラ…)
 いつどんな状況でも、わが身よりこの自分を想い行動してくれた彼女を何度もつき離し、酷い言葉もぶつけた。それだけに、今日この日まで変わらず好意を向けてくれるサクラに戸惑う。ぶつけられる想いを上手く受け止めることができず、それでも、その愛情を、彼女を、かけがえのない存在だと思えば思うほど、どう接したら良いか分からず途方に暮れるのだ。
 上手く接することができない。与えられる愛情に見合う、何も返すことができない。里を離れ旅し続けている日々のふとした瞬間に、会いたい、触れたいと願っている自分に気付く。そんな資格もないと首を振り、忘れろと言い聞かせてもままならない。何度も繰り返すそんな毎日に倦んで、また突き放したくなる衝動に駆られるのだ。こんな自分などもう忘れて、遠く離れているうちにその想いも風化させ、もっとふさわしい相手を見つけて、幸せになればいいと。
 逃げ腰で中途半端な自分の感情を持て余して、サスケは歯噛みした。
 今日この里に戻ったのは、失った左腕を補う義手の接続を試すためだ。高度な医療技術を必要とする施術には当然、医療忍者であるサクラも対応することになるだろう。それは、施術する相手が元スリーマンセルの仲間だから、ではない。サクラの持つ力が必要とされるから。
(会いたくない…)
 そろそろと静かな民家の佇まいが見えてくる。サクラを泣かせた思い出を振り切るように足を速めると、ふと微かな気配を感じて、サスケは視線を上げた。
「……ナルトか」
「…よう! おかえり、サスケ!」
「………」
 何処に潜んでいたのか、立ち並ぶ木々の影から忍らしい素早い動きでナルトが降り立つ。サスケの隣に並ぶと、てらいのない仕草で背を叩き出迎えるのが嬉しい。サスケはほんの僅か微笑んで頷いた。
「遅かったな。カカシ先生のところだろ?」
「ああ。…お前も呼ばれてるのか」
「いや、俺はもう済んだから。お前の出迎え」
「…そうか…」
 済んだから、の言葉に、頭上で組まれたナルトの両腕を見る。義手とは思えない自然な動きを目で追うと、ナルトが気づいて頷いた。下ろした右手をサスケの目前で何度か握り締めて見せる。
 二の腕から指先まで、寸分の隙間もなく包帯の巻かれたそれ。何の違和感もなくナルトの意のままに、滑らかに動く。その様子を見てサスケはほっと息をついた。
 自分との戦いが原因だとはいえ、それを一方的に悔やむことも無いが、それでも。ナルトには欠けた所のない、完成された状態が似合うように思うのだ。サスケの一方的な想いかもしれないが、欠損のない安定した状態が一番しっくりくる。
 歩を進めながらあれやこれやと近況を語るナルトが、里の中心市街に入ろうかというあたりでふと口を噤んだ。どうした、と声をかけると、ナルトの包帯だらけの右手がサスケの左肩を掴む。
「なぁ、サスケ。ちょっと聞きたいんだけど…」
「何だ?」
「お前ってば、サクラちゃんとどうなってるんだっけ?」
 つい先ほどまで胸を占めていた名前に肩を揺らす。自分の思い悩む気持ちを無神経に言い当てられたようで、サスケはムッと眉根を寄せた。何のつもりだと睨み返すと、思いのほか真面目な表情の中、二つの青い瞳がまっすぐ見つめて来る。それが迷いを見透かすようで、サスケはなおさら不機嫌に言い返した。
「どうもこうも、何にもない。お前に関係ないだろう」
「…そうか…。じゃあやっぱり…」
 指先で顎を掻きながらそっと目を反らす。
能天気な性質のナルトが言い淀むだけの何があるのだ、と思わず足を止めると、数歩先で同じく歩みを止めたナルトが意を決したように振り返った。戻ってサスケの肩を掴み、真剣な眼差しで覗き込む。
「なんだよ…」
「サスケ、…落ち着いて聞いてくれ」
「俺はいつでも落ち着いてる」
「そうか…」
「ああ、なんだ」
「…サクラちゃんな」
「ああ。…もう、早く言えって」
「その…、…結婚するらしいんだ」
「け…っ! 」
 その単語のあまりの耳慣れなさと意味するところ、二重に驚いて目を見開く。
「な、だ、誰と…!」
「いいか、落ち着けよ」
「だから落ち着いてるって…!」
 とても落ち着いては見えない、動揺して声を荒げるサスケに、ナルトは勿体ぶってうんうんと頷いた。
「そうだよな、驚くよな。俺も驚いたってば」
「だから…っ」
「まさかカカシ先生とはなぁ…」
「はぁ!?」
 結婚?サクラがカカシと?
 あまりに素っ頓狂な組み合わせに、驚きを通り越して逆に心を鎮めたサスケは、眉間に指先を当て溜息をついた。
「…お前、冗談にもほどがあるぞ」
「冗談…ならいいんだけどさぁ…」
「……」
(まさか…本当に?)
 腕を組み、もっともらしく頷いて見せるナルトにサスケは呆然とする。
 たったの半年離れていたうちに何があったんだ。前回この道を出て旅立った時には、ついて行きたいと涙ぐんでいたのに…。
 いや、でも待て。その時もカカシはサクラの隣にいた。何かにつけてサクラを気遣い、…気遣うどころかやたらと触ったり、抱きとめたりしてなかったか?
 そうさせた原因である我が身を棚に上げて、サスケはグッと拳を握りしめた。
「あ、それはそうと、俺もヒナタと婚約したんだ。結婚式にはお前も…」
「ああ、わかった。またなナルト。俺は急ぐ」
「え、おいサス…」
 ケ…。言い終わらないうちに、サスケの姿が掻き消えた。カン、と民家の屋根を踏む足音がいくつか響き、あっという間に遠くなっていく。
 静かになった道でナルトは頭を掻いた。
「あいつはほんとに…」
 考え込み過ぎて行動できなくなるタイプだよな。