さよならのかわり






一日目。

扉を開けて外に出ると、薄茶に渦巻く雲が地面に触れそうなくらい低く蠢いていた。
馬鹿みたいに頭を真上に仰向けると、薄くもやる空気の、奥の奥で走る亀裂が一瞬光る。
途端にばらばらと滴りだした雫は赤黒く汚れていて、頬に落ちると粘ついていつまでも落ちない。



二日目。

少し空気が軽い。
時間が早いせいかもしれない。
遠く朽ち果てる森や林まで視界が通るので、今日も相変わらず痴人のようにじっと眺める。
そこまで行けば清々しい気がしたが、大地は灰色と茶色の砂礫に覆われている。
その上多くの巨大ながらくたを抱えているので、歩いて行けそうも無い。
雲は変わらず垂れ籠める。



三日目。

昨日の夜は扉を締め切られ中に入れなかった。
仕方なくひと夜をがらくたの沙漠で過ごすが、不思議と寒くは無かった。
熱をもった腕や腹がじんじんと震えるので、今日は荒野を見つめずにすむ。

誰もいないのだ。



四日目。

中に入れないので夜じゅう辺りを歩き回ったら、ようやく出会った。
砂利が断面からこぼれ落ちそうなので、危ないよと手を差し出したら、素直に笑うので驚いた。
まだ日も明けぬうちにぼたぼたと雨が降り出したので、いつが朝でいつ暮れたのか分からないが、
その日一日その人は俺のとなりにいてくれた。



五日目。

だれもいないねぇと呟くと、頷いたその人の笑顔が透き通る様だった。
雨に汚れた真っ黒な手では触れるのが惜しいので、ただぼんやりと見つめ続けたら、その人は困った様に目を逸らした。
ああ、綺麗な指さえあれば、きっとひやりと冷たい肌が俺を癒してくれる気がするのに。



六日目。

いよいよじわじわと熱を放つ身体が重い。
誰もいない大地に一人寝転がると、世界の重さに胸が潰れて咳き込んだ。
ああ、雨が身体に染み込んでいる。
自分の口が吐き出した赤黒いものを驚いて眺めていると、隣りで立ち尽くすその人が泣き出すので、どうしたのと聞いたら首を振った。



七日目。

うっすらと目を開けると天使の梯子が遠くに見えた。
いつぶりか分からない太陽の光に呆然としていると、転がる俺の隣りで一晩中膝を抱えていたその人が、微笑して立ち上がる。
もう行くの、と呟いたら、待ってる、と応えた。

あなたの声は綺麗だね。

初めて聞くそれに感想を漏らすともう誰もいない。



八日目。

あれ以来空も地面も目の前の空間さえ、どこもかしこも暗いので日付が分からない。
誰もいなくなったら時間も消えてしまうんだなあと考えたら、放り出された不安が突然抜け出て無くなった。

時間が無いなら永遠だ。
変わらず痛んでいた体中の熱が、今日は和らいだ気がする。



九日目。

突然冷たくなった体がどこにあるのか分からない。
待ってると言ったあなたに会いたいのに行く先も行く自分も無くなってしまった。
潰れた胸が底無しの暗闇になって、思う端から何もかも吸い込まれてしまうので、俺はあなたにさよならさえ言えない。

待っているあなたを想ったら津波のように絶望が押し寄せて、それきり光は途絶えた。










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藤三?
中二イメージポエムをやらかしました。


20080612 板村あみの