おもしろくない
薄暗い表とは対象に、蛍光灯の白い光が満ちた室内。
ベッドに腰掛けた笠井は、半ば仰向く身体を背後に伸ばした両手で支え、目前にある落ち着いた微笑を見上げた。
被さるようにして自分の脇に手をつく相手、渋沢に、そっと目を伏せ唇を寄せ、触れるか触れないかの至近で、名を囁く。
応えは僅かな熱と弾力の形で唇に触れ、そのまま静かにベッドに倒れこむ。耳や頬に幾つも触れるキスを受けながら、笠井は渋沢の首筋に指を這わせて、小さく問い掛けた。
「先輩……、ドア…、鍵閉めました…?」
「いや……」
「…閉まってねぇよ、確認してからコトに及んでくれ頼むから……」
慌てて起きあがった二人の視線の先には、桟に凭れて腕組をし、溜息を吐く三上の姿があった。
遠慮も躊躇いも無く、三上は二人の乗ったベッドと対称の位置にある自分のそれに向かう。あーヤダヤダ、と辿り着いたベッドに仰向けに倒れこむと、ウンザリと言葉を続けた。
「おまえらさー、もっと罪悪感もてよ。堂々と絡んでんじゃねぇよ気色悪い…」
「何ジェラってんですか…。先輩こそ、ちょっとは遠慮してくれてもいいと思いますけど」
笠井は自分から離れようとする渋沢を強引に引き寄せて言い返す。
「見たくないなら入ってこなければ良いじゃないスかー」
その言いぐさにチッ、と舌打ちして、三上はすばやく上体を起こした。必然的に、大人しく捕まったまま、じっとハンパな姿勢に耐える渋沢の背中が見える。
(…っとに、天下の武蔵森キャプテンが…。見てらんねぇよ)
はぁ…と呆れた溜息を落として首を振る。
それから、冗談混じりとはいえこちらを不服げに睨む笠井ににっこりと、意地の悪い笑みを浮かべて見せた。
「お前は忘れてるのかも知んねぇけどな?ココは、お前の大好きな渋沢キャプテンだけの部屋じゃないの。俺の部屋でも有るの。お分かり?カサイ君?」
「そ…」
「…いや、悪かった、三上。俺達が出るのが道理だろう。」
まだ何か言い返そうとする笠井を遮って、渋沢は立ちあがる。もちろん、自分の首に腕を回してしがみ付いた後輩をそのまま、優しく抱えるように。
「…俺達て…。寮内でいちゃつくなって言いたかったんだけど…。一緒に行くのね…。」
溜息混じりに呟いてみても、二人には届かない。再び身体を倒して、三上はもう相手も見ずにヒラヒラ手を振った。その様子に苦笑する渋沢の気配、二度目の「悪いな…」を残して、二人の気配が部屋から消える。
「悪いなって。どこ行くんですかキャプテンは。…笠井の部屋か?」
蛍光灯の光に手を翳しながら一人呟く。
「笠井の…つうか…」
自分の言葉にある後輩の顔を思い起こして、三上は顔を顰めた。
「……あー…ウゼぇ……」
「ミカミせんぱーい起きてます〜?」
返事も待たずにバァン、とドアが開く。第一声は何のタメに、と思うほど無遠慮にズカズカと入ってきたのは、エースストライカー、藤代誠二だった。
ウトウトしかけて、光を遮るように両腕で顔を覆っていた三上を見るなりソレは、嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「あ、寝てました?さっきの今で、野比ノビタじゃあるまいし。起きてください?お土産も有りますから」
ドサドサ、と机に菓子の山を作りながら、藤代は相手の無言の怒りにも頓着せずに喋り続ける。
「やー全く、あてられちゃいますよねーキャプテン達!仲良すぎ!
今度は俺が追ん出されちゃってー行くトコなくてー…」
「……お前は嬉々として部屋譲ったんだろうが…」
「あは☆…
……まぁまぁまぁ、キャプテンには敬意を、友人には暖かい友情を、つうことで。ねぇ?」
三上はもう返事もせずに、ごろりと背を向けるよう転がる。追うようにぼすんと無造作にベッドに腰掛けると、まだまだ、とばかりに、藤代はぺらぺらと喋り続けた。しかもあまり上品とは言いがたい話題で。
「渋沢先輩もベタボレっすよねー。笠井エスコートしながらの眼差しが優しいのなんのって。恋人通り越して既に夫婦?いやいやむしろ親子?みたいな。あんなんでもやることはやってるんだから面白いっすよねー。どんな顔すんのか超興味有りません?淡白そうに見えて結構…何気に巧そうですよね!あ、先輩どうせ俺が一生懸命選んできた土産も食わないでしょうから、ちゃんとコーヒー持ってきましたよ。ブラックで。飲むでしょ?ちゃんと150円の高いやつなんだから感謝して下さいよー。そんな訳で今日はこっちで寝る事にしたんで、よろしくセンパイ」
だらだらと続く藤代の話を、イライラと右から左に聞き流していた三上は、スルっと続いた最後の一節に大慌てで体を起こした。
「ばっ…、冗談じゃねぇぞ終わったら帰れ!長くても二時間で帰れ!ご休憩のみだこの野郎!お前は危なくて泊めらんね…」
「危ないって、何がどう危ないんですか〜?」
「…………」
満面の笑みで慌てる三上を見つめ、藤代は首を傾げた。決して小さくない体格に、そんな仕草が妙に似合う。可愛い、なんて言われたりする。だが三上はその形容に同意できない。どうお世辞にも可愛くない中身を知っているから…。
青ざめた顔で、それでも強がるようにうんざりと溜息をついて、三上はノロノロと項垂れた。
「お前と一緒じゃオチオチ睡眠もとれねぇっつってんの。頼むから帰ってくれ…」
「えーセンパイてばナンの心配してんですか?それにさー、こう、順番として?キャプテン達を追い出したら俺達の部屋に行くとか、そしたら俺が追い出されるとか、追い出された俺がどこに行くかとか。考えなかったわけ?」
「…………」
もちろん、そんな簡単なこと思いつかないはずが無い。
―――じゃぁコイツが来る前に部屋出ればよかったんだよな…。
「ほんとは待ってたでしょ?」
「……………」
「むしろ計算してあいつら追い出したなー?」
「…お前アタマぬるいんじゃねぇの………」
十数分前の自分が恨めしい。予想しながらココにいたんじゃ、本当に待ってたみたいだ。
…その先を考え出すと面白くない結論に行き着きそうだったので、三上は藤代の手から缶珈琲を引っ手繰る。プルを引いて一口飲んでから、自棄のように言葉を投げた。
「お前ちゃんと渋沢のベッドで寝ろよ?」
「やだなぁ先輩、今更でしょ?」
二口目の前に缶を取り上げられる。
すぐ眼前に迫る、夜の香りなど微塵もさせない、いっそすがすがしい笑顔で藤代は三上の頬に手を添える。
「藤代…」
目を閉じる前に呼びかけると、はい?という返事と、往生際が悪いとでも言いそうな視線が帰ってくる。それに口元を歪める様に笑って、三上は吐息混じりに囁いた。
「鍵。締めたんだろうな…」
距離がゼロに近づいた所で瞼を伏せると、柔らかく触れる唇がもちろん、と呟いた。
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★2002年(衝撃の六年前…)のホイッスル放浪中(自分の方向性が)に書いた 渋笠&藤三。
旧拍手お礼SSでした。
いまとてもショックです。六年前……。
………六年前………。
20080809 板村あみの