すきなひと




「っだーもうあちぃなクソ!」

 放っておけばすぐに汗で張り付くTシャツを摘み上げて扇ぎながら三上が悪態をつくと、そばに居た近藤が黙って頷く。その様子を見て中西がうんざりした表情をした。

「近藤ちゃん頼むから元気を出して…。喚いてくれたほうが何ぼか救われるわ」
「…もう…喋る気力も無い…」
「うるせぇ。暑い…。…あつい〜」

 武蔵森学園では、学校行事は殆ど中高合同で行われる。秋に行われる体育祭、文化祭は一年交代で実施されるから、今年高等部二年の三上達にとっては三回目の体育祭だ。
 あぁ、去年の文化祭は楽しかったなぁ・・・。
 昨年の文化祭はほぼ屋内展示で実施されたから、秋なんて名ばかりの九月の残暑もそれなりに耐えられた。それに、中高合同と同時に普段教室を同じくしない女子生徒との合同行事でもある為、何時にも増して楽しい気分は増幅される、筈だが…。

「暑いと人って死ぬよな・・・確か」
「水飲め水…」
「口利いたと思ったら余計なことを…」

 渋面を作って見せたと思うと、次の瞬間にはありえないほど胡散臭い笑顔で中西が手を振った。背後で抑えた嬌声が聴こえる。

「中西…」
「おめぇも暑苦しい…どっかいけ」
「ファンは大事にしないとね…って、おい」

 顎で促されてグラウンドへ目線をやると、たった今競技に出ている藤代がこっちをめがけて走ってくるのが見える。

「うわ、うぜぇのが来たよ…」
「三上今最高に機嫌悪いね」
「あいつうるせぇからな…不愉快・・・」

 生真面目に応援している観衆に紛れようと三人で下がるが、既に発見されているものは隠れようが無い。察してくれれば良いものを、藤代はロープ際で思い切り呼ばわった。

「先輩!」
「はぁ〜」

 三人同時に溜息をつく。いち早く中西が顔を上げて「なんだよ」と届きもしない小声で返答する。藤代は違う違う、と首を振って残る二人の方をしきりに指差す。

「みんなお前からしたら先輩だろ…だれ?」

 自然と道を明けるように広がるほかの生徒達に押し出されるようにロープ際まで来ると、すかさず藤代が三上の腕を取った。

「先輩ダッシュですよ…!」
「はぁ!?冗談じゃね・・・っ」

 構わず走り出すのに引かれバランスを崩しかける。慌ててロープを跨ぎコースに出ると、腕を引かれているのも不愉快で自ら全力で走り藤代に並んだ。ちらりと今出てきた辺りに視線をやると、近藤はやる気なく手を振り、中西は心底可笑しそうに組んだ腕で腹を抱えるようにしている。くそ、死ねばいいのに!

「てめー何のつもりだコラ!」
「借り物競争!見てなかったんですかちゃんと参加してくださいよ真面目に…っ」

 いつの間にか二人で競争のようになっている状況で、放送部の浮かれた実況が耳に入る。先のやり取りで若干まごついたとはいえ、結局藤代より先に目的の借り物を見つけた二人を易々と追い抜き、断トツでゴールテープを切った。・・・藤代が先に。

「…くそっ・・・…!」
「はぁ…、やった…一位・・・」

 結局意地になって全力で走ってしまった自分が口惜しい。膝に手をつき息を整えていると、実行委員会が赤字に白文字で「1」と書かれたフラッグを藤代に手渡す様子が見えた。

「あーくそ、俺なんも良い事ねぇじゃねぇか走っても!」
「先輩大人気ない…。もう戻ってもいいですから…」
「てめーが指図すんな」

 噛付く三上にニコニコ笑いかける様子が心底気に入らず、そもそも何で俺が走んなきゃなんねぇんだ、と、目に付いた藤代の左手のメモをひったくった。

「あ・・・」

 不服気、でも無く、単純に「しまった」とでも言いそうな藤代の発声に「あぁ?」と語尾を上げて睨み付け、くしゃくしゃになった紙片を広げる。

「………」
「あの……」
「…………」
「その、先輩…」
「…藤代……」
「はい」
「…………死ね!」

 タイミングを図って、かち上げるように拳を捻り上げる。寸前でかわした藤代も突然殴りかかられた事に腹を立てて喚き散らした。

「いきなり殴ること無いじゃん!書いてあるとおりに借りてきて何が悪いの!」
「てめぇは空気を読めよこのタコ!」
「空気読めって何、今じゃなければいい訳?!」
「良い訳ねぇだろバカ!」

 既にレースの終わった一年生に混じって目立っている三上を中西が迎えに来る。はいはい次は三上君の出番ですよ〜おちついて〜、と割ってはいる中西に二人が黙るので、ついでとばかりに聞いてみた。

「で、結局借り物は何だったの」

「「なんでもない!」」

 二人同時に叫ぶような返答に、やれやれと中西は肩をすくめた。










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2007年の夏コミで配布しましたペーパーおまけSSでした。
以前はWEB拍手に乗せていたもの。
藤代の借り物はタイトル通り、「すきなひと」なのでした。






20080806 板村あみの