夢を見た




  俺ねぇ。先輩を初めて見た時にね、ドキっとしたんだよ。
  一目ぼれとかじゃなくてね。そんな漫画みたいな恥ずかしい事言わないよ。
  …事故りそうになったときとか、すごい失敗したときとか、冷や汗が出るでしょう。
  アレみたいに、一瞬怖かったんだよ。
  なんでかは知んないけどね。



藤代の独り言を思い出す。
寮の空き部屋の一室で、うつ伏せて寝たフリをする俺の首やら肩やらに触れながら、夢に問う様に呟く。



  今でもたまにあるんだよ。
  試合の最中とかね。
  俺にボールまわそうと合図してきたりするとき。

   …ひやっとする。



身じろぎもしない俺は伏せた腕の隙間から、藤代とは正反対の壁をじっと睨み付けていた。
なんてつまらない話、と思いながら。



  なんでだろうね。



「…知らねぇよ……」

ミニゲームでコートを走る一軍連中の中に、藤代の姿は無い。
ベンチにも、部室にも。
校内のどこを探したって、居ない。

真剣なのか放心してるのか、無表情に隣に座る中西に、俺はコートを見つめたまま問い掛けた。

「なぁ、藤代は?」

昨日のあいつの独り言みたいな、誰にも捕まえてもらえない小さな呟きを、だけど中西は拾い上げる。
視線も表情も凍らせたまま、声音だけは呆れたように。

「選抜だろ。遠征っつってたじゃん」

勿論知ってる。集合の時間も、どこにどうやって向かうかも。
暫く離れるから、そう言って俺の肩や腕や唇に噛み付いたのは、昨日の夜だ。

「ふーん……」

自分の左の二の腕に触れ、手首の内側に触れ、指を絡ませて握り締める。
左手だけを持ち上げて、口元を押さえるようにそっと唇に触れた。


俺の知らないコートを、今ごろ藤代は走ってる。
俺の走るコートに、アイツは居ない。

射る様に見つめても探しても見つかるはずも無く、それでも逸らす事も出来ずに見つめ続ける。


同じフィールドに立たない俺には、意味なんか無いような気がする。
ただ藤代にとってだけ、意味が無い気がする。
だけどそのたった一人にとって意味のない俺は、きっと何処に居ようと関係なく意味が無い。

今この時にあいつが俺の視線を受け止めないのが、何にも勝る証拠に思える。
声を聞かないのが、この手に触れないのが、
二人で共有したはずのどんな熱もかき消して、全てがゼロだと容赦なく突きつける。
可能性は幾らでも有るなんて、どうしたって戻せない時間を前にして慰めにも何にもならない。
今、この瞬間に同じ場所に在る事が出来ない俺を、誰が赦しても自分自身が赦せない。


だけど赦さない自分さえ、あいつが居なければどうでも良いなんて。








その夜俺は夢を見て、それはどこか暗い木立の間から、狂ったように踊る炎を見ている夢だった。
炎は時折膨れ上がって視界を占領し、途端に破裂して何かどろりとした液体を飛び散らせ、俺の頬や、剥き出しの手足を汚す。何も見えない真っ暗闇からは大勢の逃げ惑う音や悲鳴が聞こえ、その中から見知った男の声もする。逃げようと促す声に俺は炎に背を向けるが、男の足は速くとても並んで逃げられない。その事が、炎よりも数倍恐ろしくて、後ろを追いかける子供に声をかける。男と同じように、速く逃げよう、と促す。
足早に進む男の背を追いながら、俺は子供の手を引いてやれば良かったと思い、また男も俺の手を引いてくれればいいのにと、思う。

皆の手が繋がっているのなら、この恐ろしさも少しになるのにと、酷く悲しくなった。










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私私こんな三上いやなんですけど…。






20040203 板村あみの