キャンディ




「ほら」

部活へ行く道程の途中、追いついて並んだ先輩になんの前振りが有る訳でもなくぬっと拳を突き出されて、藤代は声も発せず三上を見返した。
軽く目を見開いて、僅かに首を傾げて。無音で疑問を返すと、その手がひっくり返ってパッと開かれる。
目に飛び込んだのは鮮やかな赤、緑、オレンジ。
三つの大玉の飴が、手の平の中で寄り添っていた。

「やるよ」
「…三上先輩、どうしたんですか……?」

今度は声に出して、しかも思いっきり不審げに問い返してしまう。

  だってあの三上先輩が!いつも鬱陶しげに俺を邪険にする三上先輩がモノをくれるなんて!
  嬉しいけどなんで!?

愛らしい包み紙に包まれ、両端を捻った、絵に書いたような定番の形をしたキャンディ。
手の平のそれと、それを差し出す三上の顔とを交互に見ながら手を出そうともしない藤代に舌打ちすると、三上は藤代のブレザーのポケットに無理矢理それを突っ込んだ。
もともとにこやかでもない顔を、更に不機嫌そうにして。

「俺はこんな甘ったるいモノ食わねぇんだよ!」
「え、えぇ〜?なんで怒ってるんですかー?」
「怒ってない!」
「怒ってるじゃん…」
「いいから貰っとけ!お前そういうふざけた味の食い物好きだろ!」
「はぁ…。ありがとうございます…」
「ったく、最初っからおとなしく貰っとけっつうの」

なんなんだ、と訳の解らないまま、物をくれる人間の態度とも思えない不機嫌振りの先輩の背を見送る。


しばし立ち尽くす渡り廊下。
部室棟の薄暗い廊下にその背中が消えても、視線は外さないままごそごそとポケットを探る。

赤はコーラ、緑はメロン、オレンジは、まんまオレンジ味。

取り出した三つに視線を落して、意味も無く柄から味を判別する。
一つ十円也、の駄菓子の飴玉は、恐らく学園すぐ傍の文具店のカウンターに置いてある物だ。
安っぽいケミカルな味の、決しておいしいとは言えないそれを、藤代も何度も食べた事が有る。

そう、美味しくないのだ。しかも嫌いな人間には絶えられない甘さの砂糖の塊。それを…

「買ったのか?三上先輩が?有り得ねぇ……」

たかだか飴玉三個。しかしそれに関わる人間の常ならざる行動に大袈裟に疑問を抱きながら呟く。

  食べようと思って買ったのが余ったからくれた……、無いな。
  わざわざ俺にくれるために買った……、絶っ対無い!

考えた答えを自分で否定してちょっと悲しくなったところに、今度は背後から声を掛けられた。
声だけ聞いてその年齢を判断する事は難しいだろう、落ち着き払った低い声が、自分よりさらに上の位置から落ちてくる。

「どうした藤代。ボケっとして」
「キャプテン…。いや、三上先輩が不審な行動を…」

要領を得ない物言いに、渋沢は立ち止まって藤代の手元を覗き込む。そこに見つけた鮮やかな三色に、ああ、と表情を緩めた。

「それ、藤代が貰ったのか」
「それ、って。貰いましたけど、なんなんですかこれ」
「三上だろ?昼休みに担任に駆り出されてな。というか三上は俺のとばっちりを受けただけなんだが…」



   「渋沢君悪い、資料室なんだけど、手伝って貰えないか?明日使うスクリーンが埋まっててな…」
   「ああ、はい。わかりました」
   「三上もヒマそうだからついでに来とけ」
   「あぁ?!俺は呼び捨てかよ。しかもついでってなんだ!」
   「まぁまぁ、ごほうびあげるから」
   「くそ。お前といるとロクな事ねぇ…」


そうして資料室整理を手伝わされた二人が貰ったのが、武蔵森学園御用達、澤村文洋堂カウンターにて販売の駄菓子の飴。各三つづつ、だったのだ。

ごほうびの有る無しに関係無く、頼まれた事はきちんとやってしまう三上も、これを渡されたときは素で嫌そうな顔をした。
それでもなんとかどうも、と受け取ると、一応担任の目が届かない処で渋沢に押し付けようとしたのだが。


   「なんもくれねぇ方がまだましだよな…。俺にこの砂糖の塊をどうしろっつうんだ…。ほら」
   「食べないのか?」
   「食えねぇんだよ。責任持ってお前が処理しろ」
   「…飴ばっかり六個も貰ってもな……」

そう言いつつも三上の甘いもの嫌いを知っている渋沢は、おとなしく手を出した。しかしいつまでたってもそこに飴玉は乗らず、どうしたんだ?と三上を見れば、少しだけ、本人さえ無意識なんじゃないかと思えるほどに僅かな笑みを浮かべた表情が映る。

   「やっぱやめた」
   「?」
   「好きな奴にあげるのが、せめてもの供養だろ。せっかくもらったんだし」




「どっかの女の子にでもあげるのかと思ってたんだけどな。
 甘いものが好きな奴、って意味だったのか」

そう言って笑う渋沢の声を聞きながら、藤代の顔も徐々に笑みを滲ませる。


  好きな奴、だって。


意味違いでも嬉しい響きに、簡単に喜んでしまう自分を可笑しく思いながら、藤代はそっとポケットに飴玉を戻した。
どんな些細な状況でも、思う人の心に浮かんだのが自分だったら、嬉しくない筈無い。


促す渋沢に並んで藤代も歩き出す。ようやく嬉しさを噛み締めた、満面の笑みで。
こんな自分の反応をわかってたから、喜ばせる本人はあんなに不機嫌だったのだ。
俺はべつにお前を喜ばせたいわけじゃないんだ!なんて往生際悪く。



一足先に中に居るだろう先輩に、仕切りなおしてありがとうと言おうと、藤代はいつにも増して元気に扉を開けた。
















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恋に恋するお年頃。

このお題で甘くない話が書ける人を見てみたい。
性転換パラレルにでもしてしまおうかと思うほど、書いててしんどい甘さでした。





20030726 板村あみの