狂った歯車




昼過ぎから降り止まない雨は、まるで造った効果音の様に真っ直ぐな音で地面に突き刺さる。
風に揺らがない一定のノイズが鼓膜にべったりと貼り付いて、それ以外の音色を何もかも遠く聴かせた。

まるでたった今夢から醒めた気分。

いつも欠片たりとて零さない様に求めて聴くその吐息も、ぼやけて埋もれていく夢の記憶の様に薄く、遠い。
そして醒めた眼が映す映像は明瞭で、暗闇の中に沈むベッドの脚も、テーブルが反射する僅かな光も、
すぐ下でうつ伏せて痛みに耐えるあなたの背中も、煩いほどにクリアでうんざりした。

二の腕を後ろから床に押しつけると、力を込めてずれた膝が少し痛む。何も敷いていない剥き出しのフローリングに、
じゃぁこうして俺に押さえ付けられているあなたはもっと痛いだろう。
左手は、無意識に逃れようと離れる腰を掴まえる。
思いやる事など敢えて忘れて。 爪を立て、そのままずぶずぶと穴を空けてしまいそうな程に力を込めて。
苦痛に追い詰められて息を呑む様子を、無感動に眺める。
暗い部屋にカーテンの隙間から延びる光の帯は青く、流れる雨の筋を映してまるで生き物の様に蠕動した。
目で追えばそれは抱いている相手の背中まで達して、いくつかの傷や赤い痣を撫でる様に這い回る。
一際甲高い声が響いた。

「…痛い?…やめようか…?」

心にも無い言葉。浅い呼吸に掠れて、本当に心配してるみたいだ。

否定を、床に額をつけたまま途切れ途切れに呟くのを聞く。
伏せる腕に口元を押しつけて、それ以上声を出すまいと身体を強張らせた。
縋る何かを掴もうと力を込めたあなたの指先は、汗で床を滑って途方に暮れたようにさまよう。

その手を引き寄せて、この胸に抱き込みたかった。
緩く包んで、抱き起こして、暖かくキスをして。
もっと優しく抱き合えたらどんなに幸せだろう。
そう想うのに、出来ない。
なにかを求めて床を這う手を、ただ眺めるだけで俺は、手を伸ばすことさえ出来ない。


縋るその手を取れば、あなたが落胆するのを知っている。
さまよう手を引いて安心させようとすれば、あなたは応えて笑ってくれるだろうけど、望むものを与えない俺に失望する。

求めて得られない事を望み、痛みや苦しみに耐える事で悦びを得る。
その願いを、俺に叶えさせるなんて。


なんの言葉もかけずに、ただ自分の身体が求めるままに、与える苦痛も知らないふりで動き続ける。
押さえていた腕を掴んで、無造作に引き起こした。上に座らせると脇から胸に手の平を這わせ、そのまま首を強く掴んだ。
後ろから首筋に噛みついて、新たな痕を付ける。

固い床に傷つけられて、足も、腕も肩も、所々赤くなっていた。
でもそれよりくっきりと目立つ傷は全部、俺が付けた物だ。
きつく吸い上げた痕も、強く掴んで皮膚を裂いた傷も、深く穿った身体の中の傷も。





与えられる痛みが罰になるとか。
流した涙や血液と一緒に、澱む穢れを排出できるとか。
そうしたら浄化されるとか。
そんな事を思っているのだろうか。
苦しんだ分、白くなれるとでも思っているのだろうか。


神様でもない俺が与える痛みが、罪を癒す罰になんかなりっこないのに。

こうして俺に抱かれて、醜く表情を歪めて、みっともない声をあげて、あなたはどんどん汚れていってしまうのに。


頭の良いあなたが、そんなことに気づかないはずはない。
どうして俺にこんな事をさせるんだ?



ぼんやりとノイズだけの響く頭の片隅に、チリチリと怒りが燻る。
汚れていくあなたに、捕らえられて堕とされたのは俺の方だ。

ただ好きで居たかったのに。
奇麗事だって言われようと、優しくしたい気持ちで満たされて、幸せを感じられたら良かった。
特別なドラマなんていらない、一緒に居られれば良かったんだ。
ありふれてつまらないと言われても、本当にそう願っていたのに。

憎しみさえ抱き始めた俺は、あなたの望む者にどんどん近づいていく。




悲しくて、悲しくて、悲しくてどうしようもなくて。
今あなたの言葉を聞いたら、それが例えどんな意味のものでも、その唇を塞いで首を絞めてしまいそうで。
死んだ様に隣で眠るあなたを起こさない様に、抱えた膝で声を殺して泣いた。


こんなに痛い想いなら、いつか息絶えて死んでくれるのかもしれない。


そうしたらきっとその時に、あなたの願いを完璧に叶える事が出来る。












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なおしてもこれです。あわー。





20030601 板村あみの