サイレン




子供の頃はよく、思う事を思うように伝えられずに悔し涙を流した。


あいつの言葉を聞いていると、時折そんな幼い頃を思い返す。もどかしさについには言葉を飲み込み、ただ諦めた頃の事を。

出会うまでに俺は様々な事を知った。言葉を知った。
それらを使って、複雑な考えも感情も、昔に比べたらずっと的確に表現出来るようになったと思ってた。
だけどあいつの前では、前と変わらず黙り込むしかない俺が居る。

一番大事な事を、一番大事な相手に伝える為の言葉を、俺は持たなかった。

繰り返される言葉。何度も聞いたそれを、俺は一言も聴き零していない。
知らない振りをしても、聞こえない振りをしても。その全てを身体の奥に仕舞い込んである。
そうしてしまう俺のこの気持ちは、同じように「好き」と言えば伝わったのだろうか。愛していると言えば?
自分でさえその正体を知らずにいるのに。

多くの言葉を知ってしまった俺が言う、言葉は、もうただそれだけの意味では無くなってしまっているのだ。
様々な意味を内に孕んで、真実の位から転げ落ちた。ドロドロとした何かを、お奇麗に隠す装飾に成り果てた。
だから俺は口を閉ざすしかなかった。
あいつの口にする「好き」とはゾッとするほどかけ離れた、グチャグチャの言葉を、口に出す勇気がなかった。
含まれた汚さも何もかもが本当で、
表面だけ空っぽのまま伝わっても、奇麗な中身だけ届いても、醜い所だけを知られてもうまくない。
全てをひっくるめて何もかもを知ってもらわなくてはならない。何もかも、全部を!


口にした途端、嘘になる気がした。

嘘にしないためには、言い続けなくてはならない。
途切れることなく。
返る言葉も待たずに。

だけど一つを口にしたら最後、俺の言葉は溢れて溢れて、あいつを埋め尽くして消し去ってしまうだろう。


それでも、伝えなければいけなかったのだ。
失いたくないなら。その気持ちが本物なら。
恐れに負けて、繋いだ手を離してしまうくらいなら。


「好き」
「愛してる」
「悲しい」
「……お前が居なくて、悲しい」

ハッキリと言える。
でももうこれは、何でもないのだ。

独りだから、恐れも喜びも何もない。躊躇いの無い言葉は、真実でもなければ、嘘にもならない。
手を離してはいけなかったのに。



立ち止まり諦めた俺は、本物になる機会を永遠に失った。
あの手を離した途端に、何でもなくなってしまった。
あれほど大切に仕舞い込んでいたあいつの言葉さえ、今は冷たく澱んで沈んで、

…だけどただそれだけが、嘘にならずに俺の中に残った。









-------------

書いているうちに、なんだか解らなくなってきました(あれー)
おかしいな……(頭弱い子)



20030310 板村あみの