こぼれおちるもの



あの人を想うこの気持ちを、伝える為に俺は多くの言葉を費やしてきたけど、出てきた言葉はどれもそれを表しきらなかった。

言葉を繋いで、文にして、この声に載せて。
伝えようとするのにどれも俺の気持ちを表しきれず、もどかしくて堪らなかった。

「大好き」も
「一緒に居たい」も

どれも本当過ぎるくらい本当だけど、そのどの言葉よりも抱えた気持ちが大きくて困惑した。どの言葉でも足りなかった。
胸をいっぱいに占める気持ちは、言葉が追いつかなくて胸さえ溢れ出して、喉の奥からせり上がってもっともっとと言葉を押し出す。

「好き」
「好き」
「好き」

追いたてられるように何度も何度も、意味がわからなくなってしまうくらい繰り返しても、零れ出す気持ちは満足せずに増え続ける。
それは本来暖かく幸せな気持ちだった筈なのに、伝えきれない事が悲しくて悲しくて、
言葉で、涙で溢れる事だけでは追いつかずに、器を壊しそうになる。壊れてしまいそうになる。

吐き出しきれない気持ちから自分を守る様に、それは時折凍り付いて、俺を壊さない代わりにあの人を傷つけることさえあった。
伝えきれない事が、どれもを痛みに変えてしまう気がした。

それでも触れたくて、
痛みだけじゃ耐えられなくて、
傷も悲しみも何もかもを伝えようとするならばまた、言葉を使うしかない事に呆然と立ち尽くす。

「悲しい」
「悲しい」
「悲しい」

暖かい言葉と同じ位繰り返したこの言葉は、あの人を困らせただろうか。
含んだ全てを伝えきれずに、ただ悲しませるだけだっただろうか。
言葉にしなければよかった?
口を噤んで、俺が壊れてしまえばよかった?

問い掛けたって答えは無い。もう傍に居ないのだから。



あの人の手を離してしまった今でも、どんな方法でも伝えきれなかったそれはここにある。
もう凍りつく事さえなく、上昇するばかりの熱になってじりじりと俺を焦がし続けている。

それが涙も何もかもをからからに干上がらせて、全身に回りきった時、俺は真っ黒になって死んでしまうのだ。


それでも、真っ黒くなった俺は消える事が出来ないだろう。
ただ、あの人が触れてくれるまでは。

あの人の冷たい手がほんの少しでも良い、触れてくれたら、
俺はきっと崩れて粉々になって、拡散して消え去る事が出来る。


でもきっと、そんな日は来ない。
あの心地よい体温を感じる事はもう出来ない。繋いだ手は遠く隔たってしまったから。

だから俺は、いつまでもただ真っ黒な塊のままだ。






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まるで三上が死んだかと思うアレですが、ただ別れ話。


20030228 板村あみの