Happy Birthday 0101



<あけおめ〜★そしてたんおめ〜!>

「はいおめでとー、ありがとー」

<お誕生日おめでと〜(^▽^)今年こそいっぱい遊んでネv>

「遊べるかなーレギュラーは結構忙しいんだよね〜、なんつって…」

<ハッピーバースデイ藤代くん!!
  新学期に逢えるの楽しみにしてまーすvv>

「俺はもう四日から寮に居るけど〜…」



年が明けてからこっち、ぱらぱらと途切れなく届くおめでとうメール。
両手では足りない数のそれらに、一言ずつとはいえ、藤代は律儀に返信を送っていた。

テレビからはバラエティ特番の、浮かれた司会者の声。部屋を暖める石油ストーブは、時折チカチカと小さく鳴る。
正月でも落ち着かない母親は、台所で少し豪華な夕飯の仕度。

それらの、冬ならではの暖かい音に包まれて、藤代はだらしなく背を丸めて親指を躍らせた。
寒がりの父がいるせいで、熱すぎる炬燵の温度にチリチリする足を、何度も組替えながら。


<サンキュー★>

<プレゼント期待してるよ〜v>


浮かれた文面を打ち込みながらも、その表情は決して楽しそうには見えない。


(つうか俺このコにアドレス教えた覚えないんだけどなー。まぁ良いけど。
 …しかも女の子ばっかり……、って根岸先輩だ…。)


<あけましておめでとうv そしてお誕生日もおめでとう!誠二クン。
  今年もチームメイトとして、よろしくね★
  つうかあんまり笠井に世話かけんなコラ!>


 (……………。 
  ………何考えてんのあの先輩…。キモー。)


「さっきからカチカチカチカチ、何やってんだお前」

久々に家族が揃うめでたい新年に、面白くも無さそうにに携帯を弄る息子を見兼ねて、斜め向かいで同じように背を丸めた父が声を掛けた。

「たまに帰ってきたと思ったら、仏頂面で。」
「何って、メールだよ。別にコレが普通の顔ですー」
「……。電話で喋ればいいだろが」
「そーゆーもんじゃないんだよ、わかってねぇなー」
「気持ち悪ぃな男同士でチマチマと…」
「男じゃありませーん。カワイイ女の子達からでーす」
「………」
「やーファンが多いってのも困りもんだよねー全く〜」
「そう言う冗談は嬉しそうに言うもんじゃないのか?」
「…………」

言外に自分の気持ちを言い当てられた様で、表情を消し口を噤んだ。ぱこんと携帯を閉じる。
返事もせずに、高い位置に掛かった時計を見上げれば、午後七時半。
年が明けて既に二十時間近く。

……なのに未だ、期待した人物からのメッセージは来ない。

「あーもう日付変わっちゃうじゃん〜〜!!」

わめいて突っ伏す息子を面白そうに眺め、父は煙草に手を伸ばす。

「本命ちゃんからのおめでとうが無いって??」

咥えた一本にライターの火を近づけながら、にやりと笑う。
見えないながらも面白がる響きを察知して、藤代はうつ伏せたままボソっと言った。

「煙害。伏流煙。しかもスポーツ選手の目前で」
「…………。」

無言で煙草を戻す気配を感じながら、藤代は涙を滲ませて愛しい人との別れのときを思い返す。

(うー…。三上せんぱーい…)




   えーもう出んの!早くない!?
   うっせぇ。お前は近いから気楽だろうけどな……。
   あー先輩んち遠いんだっけ。大変だねー。
   はいはい大変ですよ。だからな。
   何すか?
   「何すか?」じゃねぇよ。手を離せ。
   えー。お別れのキスしてくれたら離す。
   馬鹿言え…、おい、近藤誤解すんなよ!コレは…
   じゃぁ「おめでとう」って言ってくれたら離す。
   はぁ?(呆)
   大事な人の誕生日に大事な人と一緒に居られない運命を呪って!前祝いでいいから!
   あーうぜぇ!ダレだよ大事な人って。知らねー、マジわかんねー。
   せんっぱい!!
   あ、マジもう電車が。電車の時間が。藤代君、離してくれるかな?
   だめともー!!
   あはははバーカ!
   いぃーじゃん一言祝ってくれても!あれ?もしかして当日こっそり祝ってくれるとか?マジで!!
   藤代ー?俺が笑ってるうちに……
   なぁんだ早く言って下さいよー。一月一日ですよ!
   ああもう…、なんでも良いから離してくれ…。
   しょうがないなー。はい、楽しみにしてますからー!
   ………。
   元旦、元旦ですよ?忘れないでよー?




(っっってさ!!
 あれだけアッピール!したってのになんの音沙汰も無しって!どゆことそれ!
 本気でなんかくれとかさー、思ってたわけじゃないけどさー。
 一言、おめでとうみたいな事言ってくれても……。
 おまけで愛してる、くらい言ってくれても俺は全然…………)

胸の中でグチグチ拗ねてみたって、誰にも聞こえない、どころか聞いて欲しい本人さえ傍に居ない。

(なんでよりによって、こんな日に生まれたわけ?マジで呪うよ運命を〜〜)

この場合の「こんな日」とは、めでたい年初め、元旦であること、ではない。
冬休み中、帰省期間中であることへの「こんな日」だ。

互いに生活する寮でこの日を迎えられたら良かった、と溜息をつく。
あんなふざけた別れ方をしたけど、祝ってもらいたい一心だった訳では勿論、無い。
いや、それはおめでとうがあったりプレゼントがあったりしたら、嬉しくない訳は無いんだけど。

何もなくても、言葉さえなくても、

(一緒に居たかったんだけどな…)

せっかくの記念日だから。年一回の誕生日だから。

一緒に居たければ、ウダウダ残念がる間に会いに行けば良いと、自分でも思うけど、
「元旦に、電車で一時間ちょっとの距離」は、中学生には結構遠いのだ。

(だからせめてメールの一つや二つ!!)

「たったそれだけで俺を幸せに出来るっつのに………。
 先輩お得意じゃん…eメール……」

ぼそぼそ愚痴る眼前で、テーブルを巻きこんだ振動と共にメール着信の短い着メロが鳴った。
期待半分諦め半分にのろのろと体を起こし、携帯を開く。
ディスプレイにはメールのマークと<一件の新着メール>の文字。
慣れた操作でそれを開けば、案の定、望んだ名前を送信者の欄に見ることは出来なかった。





戻ってきた寮の自室、ドアを開ければ、四日かけて冷たく冷え切った空気が藤代を出迎えた。暖かな我が家とのギャップにほんの一瞬立ち竦み、そんな自分に気付いて、澱む冷気に立ち向かう様にずかずかと中へ入る。途中、歩きながら肩に掛けていた荷物を床にずり落とした。

「寒いし暗いし…。竹巳まだ来てないんだ…」

一人呟いてカーテンを開けに窓に歩み寄る。なんの面白みも無い、無地のそれをそっとたくし寄せると、ガラス越しの乾いた朝日が室内を舞う埃に反射して光った。
そうして部屋が照らし出されてやっと、室温に変わりは無いはずなのに、藤代は気付かず安堵の息をつく。

コートを脱ぎかけたところで、開けっぱなしのドアから声が掛かった。

「あれ、誠二早いね。珍し…」

声の主の言葉通り、珍しく後からやってきたのはルームメイトの笠井竹巳だった。
笠井は浴室脇の短い廊下、ど真ん中に放り出された藤代の鞄を跨いで、自分のベッドに荷物を下ろす。テキパキとマフラーを外し、コートを脱いでクローゼットを開けると、手に取ったハンガーを片手に藤代に問い掛けた。

「早いのは良いけど、先輩達に挨拶、行ってないだろ?」
「まだー」
「藤代どうしたーって。三上先輩が」
「マジで!」
「嘘」
「……竹巳…」

結局、父親にからかわれながらも待ちつづけた元旦以降も、三上からメールなり何なりが届くことは無かった。
それでも、久々にあう地元の同級生達と遊んで、冗談交じりにもオメデトウを貰った。冷たいけど大好きな先輩には、今度会ったら怒って絡んでやろうと思えるくらいには元気を出したというのに。
明言したことの無い自分の気持ちを、恐らくはもう知っているだろう親友は、気を使うでもなく平気で藤代をからかうのだ。

情けない顔で嘆息する藤代を笑って、笠井は塞がった両手の代わりにクっと顎を上げ、ドアを指す。

「渋沢先輩の部屋。行ってくれば?」
「行ってきます…」
「あ、誠二」

溜息混じりに歩き出す。途中、放り出した自分の鞄に躓いた所に再び声が掛かった。気の抜けた声で応じると、背後の友人が笑む気配。

「んー?」
「誕生日。おめでとう」

振り向けば笠井が、大手CDショップのロゴの入った赤いビニールを持ち上げて笑っている。

「置いとくから」
「……サンキュ」

ニッと笑み返して、短いながらも心からの感謝の言葉を返すと、さっきよりは軽くなった足取りで部屋を出た。

二年生ばかりの三階廊下を、時折親しい人間と挨拶を交わしながら通り抜ける。寮の端に有る階段を下って二階の廊下を踏めば、顔を上げた先にすぐ見える部屋が主将、渋沢の部屋だ。
タイミング良く開いたドアから、根岸、近藤、辰巳が出てくるところだった。時折笑いながら会話をする3人の中で、一番後から出てきた辰巳が、降りてきた藤代に気付いて手を挙げる。

「おー藤代遅ぇ。お前ビリだから」
「はぁ、なんだかわかんないけど、どーもおめでとうございまーす」

歩み寄って、とりあえず、と藤代が下げた頭を根岸がガシっとヘッドロックの要領で掴んだ。

「てめぇ先輩が祝いのメール送ったってのに!返事も無しとはどういうつもりだコラ」
「あーもう離して下さいよ!先輩のは意味わかんないんだよー」
「あー誕生日だったんだっけ。おめでとーっつかほんと目出度い男だよなお前は」
「元旦だろ? 根岸ー、ウチのエースを殺す気かー」

自分がもがいてるのを囲んで展開する笑い混じりの会話を聞きながら、やっとのことで根岸の腕から逃れる。

「なんなんですかもう!ありがとうございます!つうかビリだからなんだっつうんですか!」

明らかに怒ってる様子で礼を言う藤代をケラケラと笑いながら、辰巳がぽんと肩を叩く。

「オメデトウ藤代くん。これプレゼント。ついでに誕生日も祝ってやるから、買い出し頑張ってなー」

ポケットから取り出した飴の包みを、子供にするように藤代の手のひらに握らせる。「どーも…」と言いかけて、は?と顔を上げる。

「ちょ、買い出しってなんすか!」

既に背を向けて歩き出した3人に問い掛ければ、歩みも止めずにヒラヒラと手を振るばかり。
ただ近藤だけが、苦笑混じりに振りかえった。

「メシの後新年会だってさ。辰巳の部屋で」
「ああ、はい」
「金は徴収してあるから、よろしくな」

先輩にふざけるでもなく言われれば、二年の藤代は頷くしかない。「了解しましたー」と見送る。
そうして、ノックしようと拳をドアに当てつつ、「三上先輩も来んのかなー」と無意識に呟いてハッと我に返った。

「来んのかなーv、じゃねぇよ!何ウキウキしてんの俺!怒れ!」

クソーと独り言とは言えない声量でわめくと、その勢いでガンガンガン、と乱暴にドアを叩いた。

「藤代でーす。入りますよー!」

扉越しにも響く低めの声が、入室を促す。
グンとドアを引き開け、睨み付ける様に中に居る人物を確認すれば、そこには部屋の主ともう一人。

「あー三上先輩まだ居たんですか」
「あぁー?」

不機嫌そうに椅子ごとクルリと振りかえる顔を、同じように不機嫌な言葉と表情で迎え撃った。

「いつもいつも入り浸って、キャプテン良い迷惑ですよ?」
「お前な、普段の自分の行動考えろ。小生意気な後輩に入り浸られて迷惑してんのは俺の方だ」
「誰ですかねその小生意気な後輩って!あ、キャプテンどうもおめでとうございます。今年もヨロシクお願いします」

三上の反論も待たずに向き直って折り目正しく頭を下げる藤代に、ベッドから立ちあがった渋沢は、苦笑して挨拶を返す。

「あぁ、おめでとう。頑張ろうな」
「藤代てめぇ」
「はいはい三上先輩も。明けましておめでとうございます。お正月、楽しかったですかー?」

お正月、にアクセントをつけて、藤代は貼りつけたような笑顔で笑う。
しかし不機嫌にそっけない態度で、遠まわしな嫌味を言ってはみるものの、本人を目の前にしたらもう、なんだかどうでも良い気分になってくる。
そもそも、会いたい気持ちが高じての落ち込み、というか逆恨み、というか。

(くぁー!もう!三上先輩!!ミカミ先輩が居るよ〜〜!)

内心妙なテンションで盛り上がる藤代の気も知らない様子で、三上は溜息混じりに背凭れに仰け反った。

「正月ー?楽しくねぇよ、ったく。もうじき高校生っつう息子に、いまどき夏目の三人祭りたぁどう言う了見だあいつら!」
「もうじき高校生にもなるって言うのに、お年玉云々でグチグチ言うのもどうかと思うけどな」
「三人祭り……」(てゆうか他に言うこと有るでしょ!おい!)
「三千円で何ができる!…足してウェアも買おうと思ってたのによ…。
  ああ、藤代買い出し係、聞いたか?」
「そうだよ、なんで俺なんスか!」
「呼ぶメンツのなかで、渋沢んトコに顔出すのが一番遅かった奴」
「…だ、そうだ」
「そんな、そもそも企画さえ知らないのに勝手に決められても」
「で、お前がビリな?練習終わったら玄関に来ーい」

遮ってニコリともせずに言い放った三上は、立ちあがって後ろ手に椅子を戻す。
なおもぶちぶち言う藤代の脇を抜けて辿り着いたドアの直前、立ち止まって振り返らず一言。

「ちなみに俺も行くけど」
「………」

思わずピタ、と口を噤んで三上に向き直ってしまった藤代を、成り行きを見守っていた渋沢が小さく笑った。
部屋を出ようと三上はドアを押し開け、廊下にすり抜ける。反転して隙間から顔を出すと、お得意の悪そうな笑みを浮かべて冗談のように続けた。

「誕生日だった藤代君には、俺がプリンでも買ってやるよ」

口の端が持ち上がってしまうのをなんとか抑えて、藤代はドアの向こうに消えた三上を追いかける。部屋を出る際、失礼しました!、とキャプテンへの挨拶も忘れずに。
廊下に出れば、まだそう遠くない三上に駆け寄って横に並ぶ。追いかけてしまって今更、と自分でも可笑しく思いながら、不機嫌そうな表情で。

「プリンて。それ先輩が食べたいんじゃないの?」
「あぁ?文句言わねぇで有り難がれ」
「お金無いって言ってたじゃん」
「プリンの一個や二個で困るほどの貧乏か、俺は」
「やっぱりプリンなんだ…」
「だからな、せっかく祝ってやってんのに文句ばっ…」
「先輩」
「なんだよ」
「俺勝手にプレゼント貰うから。そもそも待つってタイプじゃないじゃんね、俺」
「何……」

返って来る言葉を待たずに、藤代は背中から三上に抱きついた。肩口に頬を乗せ、丁度眼前に有る耳に、ありがとう、と呟く。
いつもなら遠慮無く肘が腹部を直撃する所だが、今日は違っていた。痛みの代わりに届いたのは呆れたような溜息と、僅かに笑みを滲ませた言葉。

「お前ってほんと、単純だよな…」

ただ言葉だけ聞けば馬鹿にするようなそのセリフにも、静かに込められた気持ちが読み取れる様で、藤代は一層腕に力を込める。

「単純だよ。寂しかったけど、今嬉しいからいいんだ」
「あっそ…」
「先輩、好き」
「………」
「大好き」
「…知ってるよ」

静かな呟きと共に、三上の前でガッチリと組まれた自分の手に、一瞬冷たい指先がそっと触れた気がした。それに顔を上げた途端、今度は両手首に同じひんやりとした感触。ぎゅっと掴んで引き剥がそうとしている。

「ところで藤代、お前いつまでついて来るつもりだ?」
「いつまでって、先輩の行くところならどこへでも…っ!」
「来なくていい…っ!どうせ荷物も片付けてねぇだろお前!」

傍から見たら妙な格好で力比べをする二人を、ぱらぱらと通りかかるチームメイト達が面白そうに見物していく。当然、このフロアは三年生ばかり。

「ああもう!あんな大人しい三上先輩めったに味わえないのに!」
「めったに無いから価値があるんだろ!何でもいいからもう離せ!」

ポロリと恥ずかしいセリフを溢す三上に、それに気付かず離れたがらない藤代、まるで普段の様子に戻ってじゃれる二人の目前のドアが開いて、なかからひょいと中西が顔を出した。

「新年早々恥ずかしいそこの二人ー、練習まで一時間も無いけど準備できてんのかー」
「マジで!」
「だっから早く行け!」

拍子に手を離した藤代を、三上が思いっきり蹴り押す。
そんな仕打ちにも全開の笑顔で手を振り、「プリン楽しみにしてまーす!」と、今にもスキップし出さんばかりに駆け去る藤代を、三上は盛大な溜息と共に見送った。

その背中が階段に消えて、やっと素直な笑みを浮かべる。一人小さく呟く。

「誕生日…。おめでとう」





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「「めったに無いから価値があるんだろ」」
「…はぁ?」
「めったに無い三上君、こっそり拝ませていただきました」
「覗きかよ…悪趣味ー、中西って変態~」
「そう言う三上こそ、耳が赤いぞー」
「!!!」

ホモ黙認武蔵森。


家でうだうだ寂しがる藤代や、
特別なプレゼントも何もない、むしろ日付さえ過ぎてるけど、
さらりとなんでも無いことのように祝う三上が書きたくて、
やっとのことで形にしました。
優しい笠井や先輩たちも書けて良かったです。(作文一年生風味)


20030220 板村あみの