まずはお友達からお願いします
(あ…山崎さんだ)
数日前に降った残雪が残る、かぶき町の外れを歩いていた新八は、行く手に見える和装姿の男を見つけて顔をあげた。だがすぐに視線をそらし、買い込んだ食料を抱え直して行き過ぎようとする。新八は、街中で山崎を見つけても声をかけないようにしている。それは彼の監察方としての仕事を知っているからで、挨拶といえど迂闊に声をかけると迷惑になると思っていたからだ。
(珍しく私服だし…潜入中かな?)
ところがその日は、新八に気付いた山崎の方から笑顔で歩み寄ってきたのだった。
「やあ新八君、買い物?」
「あ、はい。おつかれさまです、山崎さん」
足を止め、わずかに首を傾げる新八を見て、山崎はふっと笑って頷いた。
「今日は休みなんだ。だから気を遣わなくても大丈夫だよ」
「そうだったんですね、…よかった、邪魔しちゃいけないと思って気になってたんです」
ようやく微笑む新八の腕から、山崎は買い物袋を一つ自然に取り上げる。気づいて恐縮する新八に気にするなと首を振り、そのまま並んで歩き出した。
「やー、久々の休みだからさ。何して過ごそうか戸惑っちゃって。
新八君に会えてラッキーだったよ」
「いつも忙しそうですもんね、たまにお見かけするんですけど…」
「うん、知ってる」
頷く気配に隣を見ると、山崎が微笑んでこちらを見ているのを真正面に見つけ、新八は慌てて顔を俯けた。
山崎も、任務中に新八を見つける事があった。その都度、新八はこちらに気付いていながらそ知らぬふりをして行き過ぎてくれる。自分の仕事や立場が理解されている、そう感じられる新八の様子が好ましく、言葉も何も交わさない、ただそれだけの出来事が、いつも山崎の胸を温めた。
「買い物は終わり?」
「はい。今日も寒いし、簡単だから鍋にでもしちゃおうかと思って」
袋から飛び出た長ネギを一瞥して新八が答えると、山崎はよかったら…、と前置きして問いかけた。
「夕食の支度に差支えなければ、一服付き合わない?」
「…はい!もちろん!」
荷物を抱えたまま行くのも、と、一度万事屋に立ち寄り身軽になった二人は、近所の茶屋に入り、屋内の暖かさに息をついた。自分も上着を脱ぎながら、新八は外套を脱ぎ椅子に掛ける山崎に声掛ける。
「はぁー、まだまだ寒いですね」
「そうだねぇ、二月…三月…まだ春までもう少しかかるね」
腰を落ち着けながら店主に注文を済ませ、山崎は新八に向き直る。
「今年もまた花見でかち合ったりするかもしれないね」
「あはは、そうですね、去年は大変でしたもんねぇ」
あの時近藤さんがね、などと、共通の思い出話に興じている中、運ばれた暖かいお茶と甘味に手を付けながら談笑する。新八はつっこみを、山崎は身体を張ったボケをしなくてもよい、緩やかに流れる時間に、自然と笑みも増え、会話も弾んだ。二杯目のお茶がなくなりそうになった頃、山崎は思いついたように提案する。
「そうだ、今年は内輪で花見でもしない?」
「内輪ですか?」
「ほら、お互い上司と一緒だと落ち着いて花も愛でられないし」
肩をすくめて悪戯っぽく笑う山崎に、新八は頷いて微笑んだ。
「ですね、たまにはゆっくり、上司抜きで楽しむのもいいですね。
内輪っていうと、どんなメンバーで行きましょうか?」
それは…頬杖をついていた顔をあげ、少し含む様に口を開きかけた山崎の頭を、横から延びた手ががしりと掴み、ぐり、と無理やり向きを変えさせた。
「よぉザキ、ずいぶん楽しそうだな」
「っ!ふ、副長…!」
座卓の横に立つ隊服の男、真選組副長土方十四郎が、山崎の狼狽をニヤニヤと見下ろす。楽しい会話に集中しすぎて、店内の上司の存在すら気づけなかった事に山崎は呆然とした。何でここに…、慌ててさらなるからかいを警戒する山崎から、す、と目線を外すと、土方は伏せてあった彼らの伝票を手に取り、すぐにその場を離れていく。
「馬に蹴られたくねぇからな、野暮はしねぇよ。」
良かったじゃねぇか楽しい誕生日で。
そう言い残し、土方は二席分の会計をさっさと済ませて去っていく。その背中から視線を戻して、新八は慌てて山崎に問いかけた。
「山崎さん、今日誕生日なんですか!?」
「あー…、うん…まぁ…」
「何で言ってくれないんですか!っていうか僕なんかとのんきにお茶飲んでていいんですか?」
あわあわと言い募る新八を右手で制し、山崎は湯呑に視線を落としたまま決然と言い放った。
「いいんだ、俺が新八君と一緒に居たかったんだから!」
言われた言葉にびく、と肩を揺らし、新八は黙り込む。徐々に赤らむ頬の熱が意識される頃に、顔をあげた山崎は新八を見つめ、同じように赤面した顔で続けた。
「黙って誕生日プレゼント貰ってごめん」
「…ぷ、プレゼントって…」
「俺にしてみたら、新八君とこうして話せる時間が、何より嬉しいプレゼントなんだよ」
わ、わーちょっと!何言い出すのこの人!
まるで冗談の様にくさいセリフに条件反射でつっこみが思い浮かぶが、なぜか口には出せず黙り込む。…なぜか、ではなく、胸の中でどきどきと飛び跳ねる心臓が喉元を邪魔して、新八は言葉を発せなかった。
そんな新八を見返し、山崎は堪えかねた様にそっと視線を逸らす。
「だから…、その…花見とかも…新八君と二人で行きたいんだけど…」
どうかな…?
さっき目の前に押し出された山崎の右手が、おずおずと握手を求める形に変わる。見つめると指先が、鼓動のリズムに合わせるように震えているのが分かり、新八は自分の胸を鎮めようとするみたいに、その手をぎゅっと握り返した。
「…ぼ、僕でよかったら、ぜひ…」
ぱっと顔をあげた山崎は握り返された手を見、視線をあげて新八の顔を見て、早咲きの桜が綻びる様に微笑んだ。
---------------
当日アップできなかったのですが、2月6日は山崎くんお誕生日だったそうなので…。
まさかの山崎×新八 二個めのお話で…した…。
山新はなんか、これでもかというくらい少女マンガみたいなやり取りで進んでほしいです。ジミーズだから、目立たないところでゆっくり愛を育んだら、いいよ!
20120208 小絲