眼鏡を外すと意外と美人
「あ」
銀時の上げた短い一音に新八は顔を上げる。なんですか銀さん、とその横顔を見れば、まっすぐに前を向いた眼が細められ、じっとりと眉が顰められた。前方を見直してみると、この炎天下の中その光景自体公害だと言いたくなるような黒ずくめの二人連れが歩いてくる。真選組副長土方十四郎と、観察方、山崎退。土方は、銀時と同じように眉をひそめ、睨みつける様にして歩を進めてきた。
数メートルの距離はすぐに縮まる。一歩でも横にずれれば難なくすれ違える広い道路で、互いに避ける気配も見せない。結局新八が銀さん、と声をかけるのも間に合わないうちに、土方と銀時は大げさに肩をぶつけあわせ、まるで田舎の不良同士のように睨み合い始めた。
「おい、無職が堂々と日なた歩いてんじゃねぇよ邪魔なんだよてめぇは」
「ああ?てめーこそ何ぶつかって来てんだよ避けろやボケ。暑苦しいカッコしやがって」
「副長何絡んでんですか…行きましょうよ」
「ちょ、銀さん捕まりますよ!」
土方をそばについていた監察山崎が、銀時を新八が止めようとする。胸倉を掴み今にも殴りかかりそうな二人の間で、山崎ははぁ、とため息をついて一歩下がったのだが、しかし新八は食い下がって割って入ってしまった。
「ちょっとやめろよあんたらぁ!」
「し、新八君…」
「「うるせぇどいてろダメガネが!」」
ユニゾンで払われた腕に眼鏡を飛ばされ、新八はうめき声をあげて倒れた。乾ききった土が背中に熱い。仰向けに見上げた空が青々としている。少しだけ痛む背中に眼を伏せ上半身を起こすと、そこに有るべき物の無くなった目元を手のひらで覆った。
「大丈夫?新八君」
「あ、は、はい…」
まるで紳士のように差し出された手が、指の隙間から見える。慣れない気遣いとよく見えない視界に戸惑っていると、うろうろとさまよっていた左手を掴まれ起こされた。どうも、とおずおずと頭を下げ砂埃のついた袴を払うと、ふと笑みを浮かべた山崎の、困ったように嘆息するのが聞こえる。
「ごめんね、うちの副長が…」
すぐ目の前でくだらない言い争いを続ける銀時と土方に、山崎は隊服に包まれた肩をすくめた。ああ見えて、割と楽しんでるみたいなんだよね、旦那との喧嘩はさ。
そうなんですかね、納得しがたい調子で返答しつつも、新八はどこか上の空で顔を上げる。
(なにこの新鮮な気持ち…、このツッコミどころのない普通の優しさ!)
助け起こされたせいもあって、あまり話したことも無い山崎に対し新八は好感を持った。自然緩む口元に微笑みを浮かべ、落としたままだった眼鏡に気づいてこめかみを掻く。
「はぁ…、あ、の、山崎さんすいませんが…」
「うん?」
「メガネ、見当たりませんか?」
え、と振り返る隊服に目を凝らすと、ようやく顔のパーツが判別できる程度の視力。ぼやける視界のまま、新八は愛想笑いを浮かべて見せる。
「拾いたいんですけど、僕、山崎さんの表情も見えないくらい目ぇ悪いんですよ…」
こんな近いのに。
そこまで言ってようやく、振り返った山崎が硬直しているのに気付く。あれ?と首をかしげるとびくりと身体を引くのが分かって、訝しげに声をかけた。
「山崎さん?」
「…!う、あ、ああ、ごめん!」
眼鏡ね!待って今拾うから!
手のひらを突き出し、慌てた様子の山崎の表情は相変わらず見えない。すいません、と下げた頭を上げる頃には、ふわふわと壊れ物に触れる様に取られた手のひらに、フレームの冷たい感触が載せられた。
「…よかった、割れてない…」
「うん、ちょっと、埃がついちゃったけど…」
「いえ、ありがとうございました」
掛けてみれば確かに少しだけ視界が曇っていたが、万事屋に来て以来いくつ目か分からない眼鏡はどうやら無事の様だった。ろくに給料も出ない下働き生活、予定外の出費はしなくて良さそうだ。
「ありがとうございます、山崎さん」
ようやく見える様になった山崎の顔は、なぜかひどく赤面していた。
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眼鏡を取ったら意外と美人、でひとネタ、と思って蔵都さんに話したら、
「新八は美人さんだよ?」
と、いまさら何を?(きょとん)みたいなナチュラルさで返された。
きぃぃ!いつかぎゃふんと言わせてやりたいぜ!
20080824//板村あみの
※20120208タイトル変更