うそ




南下して行くほどに、空は夜の闇を濃くする。
浮かぶ細い三日月は瞳だ。片目を薄く開き、大地を覗き見て嗤っている。
窓の玻璃を隔てても、決して避けることの出来ない視線。
しなやかに奇麗な指に黒髪を一房、遊ばれて、
溜め息をひとつ。


「シャナン…?」

呼びかけた相手は寝台に座っている。その横に膝をつき、セリスはシャナンに覆いかぶさるように抱きついていた。
シャナンは意識と視線を地上に戻す。
首に回された腕に答えてそっと抱きしめ返すと、小さく微笑む気配。その自然な感情の露出は、普段の彼には無いものだ。

「月…。あんなに細くても、光がここまで届くんだ」

戦場でも鮮やかに光る瑠璃色に口付けながら囁く。
諦念を混ぜた声で。

「本当に、青いんだな…」

─視線は何処までも追ってくる。自らの退屈を埋めて、私たちを嘲笑うために。
皇室の鋭い光は、闇を地上に縫いとめるのと同時に「光」の横顔を浮かび上がらせてもいた。
それはかすかに微笑み、無防備に瞼を伏せている。

「ここの空は、イザークとは少し違うね」

故意に、耳朶に唇が触れるように囁かれる言葉。
不快ではない戦慄がシャナンの背筋を走る。

いつものように 誘われるまま。

肩にかかる重みを微妙に支えながら、後ろに倒れこんだ。胸に少し早いセリスの鼓動を感じながら、その月光色の髪をうなじからそっと掻きあげた。

「そうだな…」

つぶやいて答え、頬を支えて閉じた瞼に唇で触れる。名を呼ぶ掠れた声に静かに体を反転させて、触れるだけのキス。
わずかに離れ、上唇のやわらかく尖った部分を舌先でそっとなめる。

セリスは不満げに身をずらせた。

講義の言葉を漏らした唇を、求められるままに激しく奏でると、より深くへと誘い込むように舌は絡み付いてくる。
シャナンは抵抗をしなかった。
今まで何度もそうだったように。

「……ッ…」

薄暗いままで閉ざした思考に、今は原始的な恍惚だけが漂っている。
繰り返すばかりの半端な感情。自分には丁度いいと、シャナンは落ちる髪に隠れて嗤った。

月の視線を振り払うように。

「…っん…」

はだけさせた胸元をそっとなぞり、湿らせた唇と指先で喉から鎖骨を愛撫する。
堪えるように眉をひそめ、セリスは嬌声を上げた。

確認するように、背中に爪を立てられる。布越しのかすかな痛みに閉じていた瞼を開くと、シャナンは自分を切なげに見上げる眼差しと出会う。─一瞬の躊躇。

問いかけるその眼差しは、理性を手放さずに訴える。 それは真実なのかと。

「セリス…」

シャナンはこの上なく穏やかに微笑んだ。

「ああ…」

頷いて、もう一度口付ける



繰り返し続けたうそは、真実へと限りなく近づいて行く。



愛する資格が無いといって


「大丈夫」


愛せないことの理由にして


「…一緒にいるよ。ずっと…」




嘘をつく。





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ほぼ十年前のコミケの帰り道、友人とお互いにカップリング指定してSSを書く、という
宿題を出し会った際の、私のお題がシャナン*セリスでした。
レンスターっこだった私はシャナンのロンゲっぷりにしらっとしつつ(あと主人公萌えしない性質)になので割とむりくり捻りだした感じだったのですが、
書きだすとだんだん楽しくなってきちゃうのは今も昔も変わりません…。

19970815//板村あみの