初めての呼吸で


初めての呼吸で


≫≫初めての呼吸で

2008/06/22 発行
A5/56p ¥700
愚かな魚の蔵都さんとの合同誌

「お城と王子様とお姫様と白いレースのカーテン(と朝ちゅん)」をテーマにディノ獄を激しく曲解。


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 鼻をつく残渣にゆっくりと瞼を伏せる。叫び出したくなる程の静寂の中、ディーノは足蹴に押さえていた、ついさっきまでは生きた人間だった物から足を降ろす。振り返りざま背後に控える男に無造作に銃を投げ渡すと、脈絡も無く肩をすくめて見せた。

「思った程出てこなかったな」

 同意して頷くロマーリオに再び背を向けて、暗く湿った石床にゆるゆると広がる血液を避けしゃがみこむ。死体に巻きついていた鞭を解いてから、その柄で絶命した男の顎を持ち上げた。悪かったな、と呟く表情の無い眼差しは、どこまでも冷ややかだった。

「これ、届けてやって。下手に壊さなくて良いから」

 投げ込んで来れば良いよ、と付け足しながら立ち上がるディーノが指差すのは、もちろん転がる死体だ。
 数日前の襲撃で死んだ部下は一人、もう一人が重傷を負っている。キャバッローネの治めるテリトリーだった。懇意にしている酒場が上納金を納めたいというので二人の部下が向かえば、主人を盾に待ち伏せていた数名に予告もなく襲われた。追跡の末捕えた男を問い詰め、得られた情報は耳慣れぬ組織名と、そいつが単なる雇われの流れ者だったという事ぐらいだ。殺した男の命は報復には足りないが、警告位にはなるだろう。
 わかった、と頷いて胸元から携帯を取り出すロマーリオの横をすり抜けて、ディーノは薄暗く湿った地下室を出る。ポケットに手を突っんで上る階段は軋み、その音を楽しむように一定のテンポで上りきると、ようやく目に入る窓からの日差しに目を細めた。

「昼間っからイヤーな仕事…」

 呟いてからふ、と微笑む。言葉に感傷は無く、変わらず凪いだままの心に笑ったのだ。もう慣れきってしまった事だった。
 扉を一枚抜けると玄関ホールの奥に出る。ホールを擁く様な曲線を描いて伸びる正面階段は左右一対で、その右腕の影から大きな両開きの玄関扉を見れば、佇む人影にディーノはよりいっそう笑みを深くした。

「隼人」

 いつもと変わらぬトーンで呼びかけると、ふいと顔を上げた目線が少しだけさまよう。緑青の様に奇麗な緑色の瞳が自分の姿を見つけるまで、ディーノは隼人の姿に変わりが無い事を確認してホッと息をついた。

「怪我がなくて何より」

 見上げていた階段の影から現れた淡い金色に、隼人は薄く笑って応えた。

「遅ぇよ」
「悪いね、こう見えてもボスは忙しくてさ」
「よく言う。部下が居なきゃてんで駄目ヤローの癖に」

 にっと笑って癖の無い鳩羽色の髪を捏ね回してやると、やめろよと言って笑う声がくすぐったい。明日にでも追い付かれてしまうんじゃないかという程に背が伸びた少年の、ふとした一瞬に零れる子供の様に素直な仕草が、いつでもディーノの胸を温もらせる。いつか幼い日に拭ってやった涙はもう乾いて、また少し鋭くなった頬のラインを指先でからかうと、ふと隼人が鼻を鳴らして顔を上げた。

「…なに?」

 そっと払われた手を所在投げに胸元で遊ばせると、笑みの消えた眼差しがディーノを見上げる。香った硝煙の匂いに殺したのかと責めるでもなく真っ直ぐに問われれば、苦笑するしかない。何も応えずにもう一方の手で跳ねた髪を直してやると、降ろしかけていた右手をそっと取られた。
 されるままにすると、甲の指の付け根に鼻先を寄せる。触れるさらりとした口唇の感触に首を傾げて、どうした?と問うと、何でもねぇよ、と応えた声が酷く静かだった。





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Foolish Fish名義での蔵都さんとのディノ獄合同誌。
未来編終了から五年後の出来事を捏造しています。

20080610//板村あみの