恋に闇夜



だらりと腕を落とし空を仰ぐと雲間に朧な月が滲んで、光る色は銀色だった。
どこをどう走ったのか、路地の裏を入り込んだそこには家々の明かりさえ零れない。
暗闇の中、ディーノは表情を作る事もやめて呼吸を吐き捨てた。
足元に蹲る影は三つ。呻きさえ漏らさず息絶えた身体が血の匂いを漂わせている。

「迂闊に出歩くもんじゃねぇな」

傷つけられた頬骨を甲で拭うと、ぴり、と痛みが走る。擦り取った血が闇夜に翳って、白い肌に黒く浮かび上がった。
巡る血液が熱く鼓動して、吐息さえ震えるのに失笑する。
誰かが共にいれば殺さずに済んだかもしれない。
何者かも名乗らず襲いかかってきた男たちの殺気は本物だった。
三方向から向けられる凶弾を避け、仕留めることに精一杯だった自分に呆れる。

(だから一人でぷらぷらすんなっつっただろ、馬鹿)

今ここに居ない恋人の声さえ聞こえてきそうで、弁解もできずディーノは屈みこむ。
死んだ男の手に握られたままの拳銃を取ろうとし、触れた銃身が熱く熱を持っているのに驚いて手を引いた。

「だせ…」

呟き、引いた指先を握りこんでうずくまる。
腕に擦れる頬の傷がひりひりと痛んだが、それさえ構う余裕も無く高鳴る心臓を抑え込んだ。

この手が凶器を握る度、痛む心の隣でそれは高揚する。
波立つ感情は諸々の全てを洗い流して、これ以上ないほど明瞭な思考がこの腕を動かす。
世界中の真実さえ見渡せそうに澄んだ視界が、映すのは殺すべき相手の挙動ばかりで、小指の震えひとつ、呼吸ひとつ漏らさずこの脳髄に届ける。
冴え渡る感覚が酷く疎ましくて、ディーノは唇を噛んだ。
香る血の匂いも、汚れた頬や手のひらも、鋭く身体に纏う殺気も全てを覆い隠したくて、目を伏せる。

「隼人…」

どくどくと脈打つ心臓が熱い。
吐き出す代わりに恋人の名を呼べば、今すぐにその甘い唇を貪りたくて、呼ばわる声は止められなかった。

「隼人…隼人…」

会いたい、会いたい、会いたい。

少し皮肉気に微笑む口元も、寂しさを隠して伏せられる瞳も、今ここにその存在のない事が堪らなくて、蹲ったまま何度も名を呼ぶ。

目を閉じて口付ければ、きっとこの血の味は薄れる。
肌に触れて抱き締めれば、血の匂いに高揚した身体は別の熱に煽られて鎮まる。
恋しい恋しいと囁けば、もうお前の事以外見えなくなる。

切なさが引き絞るように胸を痛めてどうしようも無い。
感情も熱も持て余して、ディーノは立ち上がる事も出来ずただ溜息をついた。







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日本とイタリアは遠いよ…。

20080615//板村あみの